森羅万丈

はてなダイアリー(~2017)から引っ越し、心機一転リスタートです。

戦国演義~義勇忍侠花吹雪~

時は戦国時代。
伊賀国三重県)に一大勢力を築いた忍術流派が存在した。
伊賀流と呼ばれた彼等を束ねていたのは、服部・百地・藤林の御三家であった。

一方、伊賀国は外敵との争いだけでなく、度重なる飢饉にも苦しめられていた。
この窮状を受け、御三家の一つである服部家が大きな決断を下す。
傭兵として他家に仕え、報酬の金銭をもって伊賀国に糧食を配する事としたのである。

この決断には動揺と波紋が広がったが、服部家一門の意思は固く、
後に江戸幕府を興す徳川家康を輩出する三河国に拠点を移したため、
伊賀国は御三家の残る二家、百地と藤林により統率される事となった。

  *  *  *  *  *  *  *

更に時は流れ、天正7年(1579年)。

服部家は、当主が「半蔵」を名乗ると定められており、時の当主の名は正成。
彼には娘がおり、その名を珠美という。
幼い頃は伊賀国で過ごしたが、祖父や父に連れられて三河国で移り、
厳しい鍛錬や戦働きの毎日を過ごすうち、故郷の記憶も薄れかけていたある日、
珠美はいつになく神妙な面持ちの父・正成に呼び出された。

「いかなる用でしょうか、父上」
「うむ。お主にな、伊賀へ行ってもらいたい」
「伊賀へ…?」

薄れかけていた記憶が、鮮明に色を帯びて蘇る。
草叢を駆け回り、縁側を囲んだ子供の頃。
共に遊んだ子供の中には、百地家の娘・歌鈴、藤林家の娘・あやめもいた。
伊賀に残る彼女達は、今どんな日々を送っているだろうか。

「承知しておろうが、単なる里帰りではないぞ。重要な役目だ」
「はっ」
「信じたくない話だが、百地と藤林が仲違いし、伊賀流が浮足立っているらしい」
「!?」
「噂の真偽を確かめ、事実であるならばお主の力をもって鎮めよ。方法は任せる」
「…はっ」

子供であった珠美には百地家といえば歌鈴、藤林家といえばあやめの印象しかない。
その二人が争うなど、珠美には想像力の限りを尽くしても及ばない光景であるが、
実際には二人以外の一族衆、更には他諸々の勢力も絡まり合い、
本人同士の思惑では抗えない力で人同士の関係は形作られることを、珠美も理解していた。
ただし、理解しているだけで、納得できるほどの冷徹さは持ち合わせていなかった。

  *  *  *  *  *  *  *

同じ頃。
藤林家の娘・あやめは、当主の長門守に呼び出され、密命を授けられていた。

「百地の城を、焼き討ち…」
「うむ。それが織田軍を手引きする合図となる。抜かるなよ」
「…承知しました」

前置きは一切無い。
なぜ、同士である百地の城を襲うのか。
なぜ、北の国境を挟んで睨み合う相手、織田信長に媚びようとするのか。

しかし、あやめが理由を尋ねたり、異を唱えたりする事も無かった。
主命には従う、それが忍たる者の定めである。
幼く楽しき日を共に過ごした、歌鈴の姿が脳裏に浮かんだが、
その姿を振り切るように頭を振り、あやめは退出し、討ち入りの準備を始めるのであった。

(つづく)