森羅万丈

はてなダイアリー(~2017)から引っ越し、心機一転リスタートです。

SS「とあるアイドル達のオフタイム」

郊外の観光地に建てられた、落ち着いた雰囲気の旅館。

芸能プロダクション「346プロ」のアイドル4人は、この旅館に併設された和食レストランのグルメロケという仕事を終えた後、プロデューサーの計らいでその夜から翌朝にかけてオフが入り、そのまま一泊することになっていた。



「はい、珠美さん。お茶をどうぞ」

「ええっ!? そ、そんなお構いなく、というか本来は珠美が穂乃香さんに差し上げるべきでは…!」

「いいんですよ。いつも年上とか年下とか、あんまり意識してませんから」

「そ、そうですか。では遠慮なく…」



着替えた浴衣姿に似つかわしくないほど慌てふためく珠美とは対照的に、穂乃香の佇まいは実に落ち着いたもの。

年齢は一つしか違わないという事実は、本人の前では言わないのが無難である。



「あらためて、お疲れ様でした。珠美さんや葵さんとはなかなか御一緒する機会がありませんが、楽しかったです」

「はい、珠美も楽しかった… というか、とても参考になりました! 自然かつ的確に魅力を伝える話術は、今の珠美には到底及びません」

「珠美さんこそ、あんなに大盛りの定食を全部食べ切って… 忍ちゃんに負けないぐらい頑張り屋さんとは聞いてましたけど、びっくりしました」

「はは、葵殿には叱られましたが… やると決めたらやり切るのが珠美の流儀ですので」



和やかな様子で2人が語らう一方、会話に名前の出たもう2人は、まだ部屋に戻ってきていない。

というのも、撮影終了後も料理人の血が騒いだのか居残りを決めた葵に、忍がお付き合いしているのである。



「せっかく御一緒ですから、珠美さんとは色々、お話したいです。お聞きしたかったこともありますし」

「珠美にですか?」

「はい。珠美さんが今も取り組まれている、剣道のこととか…」



  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  



葵と忍の見学会は、レストランがラストオーダーの時間を迎え、料理人達の手が止まるまで続いた。

いくら番組を取り上げてくれたプロダクションの所属アイドルとはいえ、最後まで待ったが掛からなかったのは、二人とも真剣かつ無駄口を一切叩かないという模範的な見学に徹したからに他ならない。



「忍さん… もしかして、遠慮してた?」

「そんな事ないよ。大体、急にオフって言われても特にする事ないし」



最後まで付き合わせて申し訳なさそうな葵に対し、忍から発せられた言葉に嘘は無いものの、真実を包み隠さず伝えたわけでも無かった。

珠美と穂乃香、それぞれの境遇を考えると2人の間でどのような会話が交わされるかは予想が出来たし、そこに自分が口を挟んではいけない気がしたのである。



「そういえば、忍さん、青森から来た言うたね」

「うん」

「あたしは大分にいた頃、結構テレビに出してもらったりしてたけど、青森ではそういうご当地アイドルみたいな子、おった?」

「え…?」



唐突に思えた問いかけに、答える言葉に窮する忍。

しかし、焦る忍とは対照的に、葵はその沈黙が予想通りといった様子で、頷いた。



「そうっちゃね。おったか、おらんかったか、わからんような… 地元にいた頃は、あたしは人気者だって思ってたけど、そんな甘いことないって都会に来てから思い知らされて」

「葵ちゃん…?」

「おとなしく地元に帰ったほうが良いのかなって思ったりもしたけど、全然、そんなことない。もともと知ってる人達が可愛がってくれるだけで、なんも、あたしやうちの料亭の足しにならんし… だから、ここで出来ることや頑張れること、何でもいいから、ものにしたいなって」



葵はどうして自分に身の上話をしてくれるのか、そう思った忍に、ふと、思い当たる節があった。

青森から裸一貫で上京し、言葉は幼少期から勉強を続けたおかげで訛りのない標準語、今まではライブ関係の仕事が多かった忍。

片や、大分にある実家の広告塔を自任し、歌にダンスにお芝居にと芸達者ぶりを発揮してきた葵。

決して、気を遣われているとかではなく、葵にとっては普通のことなのだろうと察した忍は、なんとなく独り相撲を取ってしまったことが気恥ずかしくもあった。



(アタシもライブの練習だけじゃなくて、言葉の使い方とか、もっと勉強しないと…!)



実際に上京するまでは、たとえ同僚でも「仲間」より「ライバル」、もっと言えば「商売敵」という意識だった忍にとって、今のプロダクションに入ってからの日々は驚きの連続だった。

同じ年頃で組まれたユニットのメンバーは公私に跨る仲だし、他のメンバーにしても、万が一プロダクションを去るようなことがあれば、競争相手が減って喜ぶどころか、寂しくて仕方ない思いに駆られることは間違いない。



(毎日が… ううん、一分一秒が勉強、だね)



いつの間にか、ごく自然に葵の他愛ない話へとしっかりペースを合わせながら、忍は今のプロダクションに所属した意義を、しっかりと噛み締めていた。



  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  



「そうですか… 穂乃香さんは、今はもうバレエを続けてはおられないのですね」

「はい。一切しないというわけではないですが、今となっては元のようには踊れません」



珠美が幼い頃にドラマで見た「アイドル剣士」に憧れ、剣道を続けながらアイドル活動を行っている話に区切りがついた後は、穂乃香の身の上に話が及んだ。

珠美にとっては「剣道」と「アイドル」が一心同体の関係にあるのに対し、穂乃香は「バレエ」から心が離れた時期に「アイドル」の誘いが掛かった。

もし、お互いの過ごした人生、時間の軸が、ほんの少し変わっていたら…



「穂乃香さんから見たら… 珠美のように、二つの目標を同時に追いかけるのは、失礼に当たるでしょうか?」

「そんな事はありません」



一瞬の澱みも無く、珠美に答えることが出来たのは、穂乃香の言葉が慰めでも何でもなく、本心から出たものだからに他ならない。



「もし、私がもう少し早く… バレエが好きなうちに、プロデューサーさんと会うことが出来ていたら… 珠美さんの剣道とアイドルのように、私はバレエとアイドルの両方で、表現することの楽しさと素晴らしさを追いかけていたと思います」

「穂乃香さん…」

「たまたま、私は片方にしか縁が無かった。それだけの事です。それだけですけど… すごく大きな違いです。ですから、珠美さんには今の道を貫いてほしいです」



幼い容姿の珠美と、大人びた印象の穂乃香。

ひとつしか違わない年齢と、外見以上に大きく隔てられた境遇。

それでも、穂乃香の眼差しは、珠美のみならず皆の夢を見守り後押しするのが己の役目と誓いを立てたかのように、あくまでも穏やかで優しかった。



「本当に、ありがとうございます。穂乃香さんの分まで、珠美は必ず、二つの道を同時に極めてみせます!」

「ええ、ぜひ。…それにしても、忍ちゃんと葵さん、本当にのんびりですね」

「そうですな… 折角ですから、またお風呂に入り直すというのはいかがでしょう?」

「賛成です。こういう貴重な時間を用意していただいて、プロデューサーさんには感謝ですね」



その後、2人が仲良く大浴場に向かう途中で、旅館内の片隅にある小さなゲームコーナーに、噂をしていた葵と忍がいるのが発見された。

もっと具体的に言えば、古めかしいゲームの筐体が並ぶ一番奥、クレーンゲームのガラスの中、とても個性的な見てくれをした緑色の人形を指差しながら話していた。

次の瞬間、部屋で話していた時とは180度正反対の、大慌てな様子で猛ダッシュする穂乃香を見て、珠美はたしなめる事さえ忘れ、目を白黒とさせるのであった。




『とあるアイドル達のオフタイム』 了